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癒す心で!

 投稿者:たかはし  投稿日:2016年 1月 3日(日)02時47分10秒
  初めて投稿させて頂きます、62才 女性です。

フィッシャーと闘う皆様、克服された皆様、
明けましておめでとうございます!

私は昨年9月初旬にフィッシャーを発症、入院し、11月下旬に退院致しました。
入院までの経緯を簡単に書かせて頂きますと、締め切りに追われた事務仕事を終え
眼の見え方の異常を感じ、翌朝更に異常(複視)が進んでいるので、眼科を受診。
「瞳孔が開いてしまっているので、早急に総合病院に行くように」と紹介状を書いて下さり、
市内の総合病院・眼科を受診。先の眼科医と同じ診断で、速やかに脳神経内科に回して下さり、
MRI、他の検査を迅速に受け『ギランバレー症候群・フィッシャー』との診断。
そのまま入院。

眼に異常を覚え、右目の瞼が下がり、身体も軟体動物のように力が抜けてしまい、
フィッシャーと診断されるまでの2日間、あまりに突然の出来事で、
思考能力も失せ、まな板の鯉になって全てお任せしようとの思いで入院となりました。

入院後は、翌日にルンバール検査。
その翌日から5日間グロブリン大量静注療法。
意識は朦朧とし、血圧はかなり高い状態が続きました。
腕は自分の意志通りに動かずスプーンも持てなくて、食事は自分では取れない状態。
背中はカチカチで板の上に寝ているいるかのよう。
入院後間もなくしてベッド上で足を動かすことからのリハビリが始まり、
理学療法士の先生にこの背中の苦痛を訴えると、すぐにマットを変えて下さり、
痛みは随分と緩和されました。

主治医の先生も、理学療法士の先生も、看護師さん達も、こちらの訴えに耳を傾けて
下さり、即応して下さることには、本当に頭が下がりました。

グロブリンが終わると、理学療法と作業療法の一日2回のリハビリ。
そして、左顔面麻痺が出て、脳梗塞を疑い、再度MRI検査を受けるも
疑いは晴れ、これで私は、外眼筋麻痺・瞳孔異常・眼瞼下垂・顔面麻痺・
腱反射消失・運動失調と、ギランバレー・フィッシャー症候群のマニュアル通りの
症状が全て出ました。

理学療法のリハビリでは、顔面麻痺の顔の筋肉のマッサージ・複視の眼の運動療法を
退院までとても熱心に続けて頂き、感謝に堪えません。
退院する時には、眼のトレーニング法をプリントして下さり、今も続けています。
顔面のマッサージ法は入院中に、自分でも出来るようにと、イラスト入りで作成して
渡して戴き、病院でも自分で続けておりました。
顔面の麻痺は、退院前には完治致しました。

目の動きも随分と出てきての退院でしたので、今現在 読み書きは不自由なくできるように
なっております。
私の場合は、朝起きた時に複視の回復を感じ、毎日1ミリずつという感じですが、焦点の
合う距離は確実に延びています。
眼を使った日の午後には、距離が縮まり、それに伴って歩行にふらつきが出ます。
今は2メートル位までが焦点が合うので、自分の足元を見ながら歩行して、
階段の昇降も両目で出来るようになりました。
離れた距離では二重に見えるので、知らず知らず片目を閉じています。

背中の肩甲骨のところの固さと殴られたような痛みは未だに残り、手というより腕が
震える感があります。
今も震える肩で、この投稿をキーボードに打ち込んでいます。
車の運転は今は目途がたちませんが、この際バス・電車で運動不足の解消を
試みようと思っています。

一人では立つことも物を掴むことも、目の前の物を見ることも出来なく
なってしまったことを思うと、ここまで回復したことに感謝です。

長い後遺症に悩まされておられる方、今まさにフィッシャーの症状の只中で苦しまれて
おられる方、どうか、短気を起こさず、少し気長な気分になって、この病気を
乗り越えていきましょう!

良い一年になりますように!
 
 

頑張りましょう!

 投稿者:オジサン  投稿日:2015年12月30日(水)18時56分38秒
  変化は殆ど無いのですが、少しづつ左右の画像が重なって来たような・・・・?(そうであって欲しい)しかし眼帯は外せない! 両目で家の中を歩くとあっちこっちにぶつかるは、階段(上る時)は蹴飛ばすはで日替わりで片方を塞いで生活しています。幸い複視以外の症状はほぼ消失して体力低下を防ぐために毎日2万歩以上歩くようにしております(肥満防止も含めて)複視が治れば直ぐに職場復帰できるよう準備だけはしていますが・・・・!神経内科の先生も「目は一番最後、時間がかかる」と言っていましたし焦らず地味に頑張ろうと思っています。 私にも皆様方にも暖かな春が訪れますよう願っております!  

負けないぞ

 投稿者:ひみこ  投稿日:2015年12月27日(日)19時17分1秒
  初めましてはじめて投稿させていただきます。50代の女性です。この掲示板に出会って皆さんそれぞれ乗り越えられて前向きな姿勢に励まされています。
7月にフィッシャー症候群、ギランバレーと診断され、治療、リハビリを経て11月中旬に退院しました。3か月~6か月で治癒とされていますが、治癒されている方はほんとうに良かったです。辛かったですよね。

私は後遺症が残ったようです。しかしどうやらあまり症例がないようで、首、肩から背中の張り、背中がコチコチになっていると言われてる方もいますが、私は10分しか座ってられない(肩から背中の強い張りコチコチ)状態になってしまいました。肩に何人も乗られてすごく重くなる表現しかできませんが、そんな感じです。痛みで夜も寝れない日も続きましたし左腕も全く上がらない状況です。最初は車いすにも乗れない状態だったので、座れるようになっただけでもましかなぁ~と良くなるだろうと楽観していましたが、退院した今もまったく変化なしです。外出はリクライニングの車椅子しか移動できず、家で寝て起きての生活です。

難病ですが公費負担対象ではなく介護保険は適用されないんですよね。
主治医は重かったのも原因で、細かい神経が戻るのに時間がかかるだろうと。素人の私にはよくわからないのですが、回復するのに1,2年くらいかかるだろうと…複視も1年かかると言われていましたが、入院して3か月頃から焦点が合いだしてきましたが(生活に支障がないくらい)やはり疲れると眼にきます。左右はまだ複視が残ります。

入院した頃の最悪な状況からここまで回復したのもたくさんの方々に支えられたお蔭です。ほんと感謝ですね。
今の私は普通になるのが難しい、折れそうになる時もありますが焦らずゆっくりと頑張っていきたいと思います。絶対負けないぞぉ~~
皆さんもどうか負けないでくださいね。来年は良い年でありますように。









 

3年

 投稿者:まつ  投稿日:2015年12月27日(日)10時31分28秒
  またまたごぶさたしておりました。
発症からちょうど3年がたちました。
40代の3児の母です。

複視自体は慣れてきたのか普段はあまり気にはならなくなりましたが、中距離や遠距離を見続けることは相変わらずしんどい感じです。
車の運転は怖くてできません。

寒くなると身体や顔のこわばりがきつくなるし、滑舌も悪くなります。
周りには言い間違いを笑われたりすることもありますが間違えてるのではなくてフィッシャー以来うまく口がまわらないのです(笑)
もどかしいですがあきらめています。

お灸で身体のメンテナンス月1回程度していましたが、簡単なパートに3人の子育てで結局通えなくなりました。手足のしびれも気になるし、腰も悪いので整体など興味がありますがどこに行っていいのかもわからずという感じです。

それでも今年もなんとか気持ちだけは元気に家族に囲まれて年を越せそうなので3年前に病院で1人年越しをして不安な中で寂しかったのに比べれば感謝しなくてはいけないなと思っています。

不安なこともまだまだたくさんありますが前を向いて皆様よいお年をお迎えください。
 

負けないで

 投稿者:整体師  投稿日:2015年12月27日(日)09時25分47秒
  フィッシャーの患者さん見させてもらい早二年
皆さんに言えることは小さい変化だけどほぐせば楽になりやすい、骨格調整すれば動き安く少しでも改善しやすい事実、エビデンス等はまだちゃんとしたものはなくても事実、
負けないで、頑張って。
 

よいお年を

 投稿者:歴史を刻む  投稿日:2015年12月27日(日)00時44分57秒
  2度目の投稿です。フィッシャーに倒れてから7か月ちょっと経ちました。現在の状況は
家の部屋の中位の距離であればほぼ複視はなくなりました。外にでると角度によっては
まだ2重に見えている状況です。背中は相変わらず固まっています。足元が安定してしてきて
いるので、日常の動きは問題なくなってきていますが、階段下りダッシュや、突然の方向転換、長時間同じ姿勢のあと動き出す時などはフラつきが残っています。11月と12月にハーフマラソン
を無事完走しました!!まだ体のバネが不足している感じで、ドスンドスン状態。
とてつもなく時間かかりましたが、なんとか制限時間内に完走できて、昔初めてマラソン完走した時と同じ位感動しました!!
大変な1年になりましたが、ここに投稿されている方々と共に完全復活を目指したいと
思います。来年はいい年になるといいですね(^^♪
 

特定難病に指定して

 投稿者:オジサン  投稿日:2015年12月18日(金)21時15分20秒
編集済
  本日でフィッシャー症候群に倒れて2ケ月と10日になる51歳のオジサンです。皆さんの投稿に励まされまた挫折していますが・・・・・・少しでも多くの症例があればと思い投稿することにしました。
今、思えばですが最初に症状が出たのが9月13日頃で風邪の時みたくただ咳が出るだけで15日頃には喉が腫れ・・・・・市販の風邪薬を飲むも症状は改善されず喉の腫れが治まっただけ。しかし風邪と違って咳は出るが鼻水や熱は出なく食欲旺盛で風邪にしては変だな?と感じたのが20日頃。10月に入って少しだけ咳は治まってきたが、なぁ~んとなく変?10日にどうしても外せないパーティーがあるので6日に内科を受診し症状を説明すると「もう、治りかけているね!一応、咳止めだけ出しましょう」と言われ処方箋をもらい薬局でもらった薬を飲むとピタッと咳が止んだ。しかしこの時点で足の痺れは感じていたが咳との因果関係を疑うことはなかった。7日には平衡感覚が変だと感じたがいつものようにスクーターで出勤。退社する頃には手のひらから指先まで痺れ頭部を除く全身が温度を感じなくなっていた。40℃以上あるお風呂に入っているのに体感は「水」?と感じた。帰り道ではスクーターでコーナーを上手く曲がれない!やっぱり体全体の感覚が変だと感じ早く寝ることにする。8日、目が覚めるとふらつくが朝食を済ませ2階へ上がったがここでダウン!あっと間に体の自由が失われて行く。会社に休みの連絡をするが携帯のボタンが上手く押せない。だんだんロレツも回らない。素人が判断すると「脳梗塞」しか思いつかなかった。入院できる準備をして119番、救急隊員に症状と経過を説明すると脳外科で有名?な病院に搬送されCT&MRI&採血をして点滴(多分、ブドウ糖と水分)を入れて終わり夜中に「三途の川」へ行ったが目が覚めトイレに行き水を飲もうとするが口のまわりが麻痺して上手く飲めなかった。9日、造影剤を使ってのMRI検査、先生の説明だと脳には異常が見つからない!と言われた。次に腹部のエコー検査、脊髄液検査。ベットで寝ているといきなり転院を告げられた。何でも呼吸が弱く人工呼吸器を着けるかどうかで転院に決まったらしいがこの時すでに意識もうろうで何が何だか判らない!大学病院に着き肺活量検査と筋電図検査をして病棟のベットへ。しばらくして先生から「ギランバレー症候群とフィッシャー症候群の説明を受けた。直ぐにグロブリン投与が行われ10日には顔面麻痺と酷い複視になっていた?グロブリンの副作用か?やたらに眠い!14日にはグロブリン投与も終わりリハビリの開始。22日頃には歩行器を使って一人歩きできた。28日頃には歩行器無で歩けたが依然、顔面麻痺と凄い複視は変わりない!11月3日にリハビリをするための病院へ転院。この時点で顔面麻痺はほとんど消えていたが複視はそのままだった。おまけに背中がパンパンでカチコチ!後に解かったが背中の異常は、きちんと歩けないのに無理に上半身でバランスをとって歩いていたためだった。14日には背中の張りも取れ次脚歩行&片足立ちもできるようになってきた。25日には眼球がわずかだが動くようになってきた。12月5日には歩行に関してはほぼ問題なし。目のリハビリは無いとのことで退院しました。が!しかし複視に関してはほとんど変化が感じられない!本当に治るのかなぁ~?物凄く不安です。目が治らなければ社会復帰は不可能!転職だって不可能?そうそう会社も休めないしローンもあるし・・・・・解雇になったらどうやって生活すれば良いのか?今でも片目は眼帯でふさいでいます。眼帯をしていないと生活でいない状態です! 長~くなってしまいましたが、倒れてから今日までの経過です。また、変化があれば書き込もうとおもいます。
 

子供の頃に罹患しました

 投稿者:新米パパ  投稿日:2015年10月25日(日)15時30分4秒
  はじめまして。
私は現在35歳で1歳の息子がいます。
私自身この病気にかかったのはもう20年以上前の13歳、中学一年生の冬でした。
子供ができて、ふと自分の子供もあんな病気になったらどうしようと思い、調べているうちにここにたどり着きました。
当時はまだ子供だったので、子供心に生死にかかわる程の病気ではないと漠然と感じていたので、症状がなくなってからというもの、ほとんどこの病気の事を考える事はなくなっていました。
20年たった今、症状が残っている事はありませんが、ごくごく軽微な複視はおそらく残っているかもしれません。というのも、複視を感じる事はあってもフィッシャー症候群が治ってないからだと考える事は一切なかったからで、調べているうちに軽度の複視が残存するケースがあるということを知ったからです。
それ以外に残っている症状はありません。

覚えている限り、発症時はやはり複視と背中の痺れや感覚の麻痺があったと思います。
食事をとると気分が悪くなり、嘔吐を繰り返していましたが、母が背中をさすってくれても触れられている感覚があまりなかった事を覚えています。
発症を感じてから5日程たってから、近くの総合病院に行きましたが、MRIなどありとあらゆる検査をして、髄液を抜かれたりしました。その間1週間程入院しましたが、その病院では原因不明といわれ、その後日本赤十字病院に通院し、小児フィッシャー症候群であることが告げられました。
入院じたいは2週間ないくらいで、後は自宅療養で、起きて食事をとると嘔吐してしまったので、寝ながら母に食事を食べさせてもらうという生活が1ヶ月程続きました。
真っ直ぐ歩けなかったり片足で立てなかったり相変わらず複視がひどかったですが、私の場合はこの1ヶ月の自宅療養でだいぶ症状が改善されたように思います。
正直子供の頃だったので、当の本人である私自身はそんなに悲観するような事もありませんでしたが、本当に大変だったのは親だったんだと自分が親になってみてつくづく感じました。
父親も自営業で、非常に仕事が忙しい中、通院に切り替わってからは、毎回父親が車を一時間以上走らせて病院に連れて行ってくれていました。
ここにもお子さん達が患った方々の書き込みがありますが、本当に辛いと思います。
しかも私が患った当時は、今のようにネットで情報が共有できるような時代ではなかったので、両親は本当に大変で不安だったんだろうと思います。
親御さん達の不安が少しでも解消されたら本当に嬉しく思います。
乱文失礼いたしました。
 

カチコチです

 投稿者:歴史を刻む  投稿日:2015年10月20日(火)21時45分26秒
  5月中旬フィッシャーに倒れたものです。30代後半男です。3月頃までは趣味のマラソンで
フルやハーフをガンガン走っていました。
病気前は口内炎がなかなか治らなかった程度で
特に予兆はありませんでした。朝起きるとシャツのボタンが止めにくく足がジンジンして
力が入りにくい感じでした。何とか仕事に行こうと外に出ましたが、道を走る車や
バイクが2つに見えて、これは大変な事になっていると、近所の実家から家族に総合病院
へ連れていってもらいました。脳梗塞の疑いありで、血液検査とCT撮りましたが
異常は見当たらず、後日MRIの予約を取り一旦家に帰りました。帰ってからも
症状は悪化し、何かにつかまらないと動けなくなってしまいました。次の日再度
病院へ行き、即入院となりました。入院したころには、手も自由に動かず、
呂律も少し怪しい状態でした。それから数日間はCT、MRI、造影剤入りと
詳しく調べましたが、脳、脊髄は異常なし。その頃に神経内科の先生が登場し
自己免疫疾患の可能性がある、ビッカーやフィッシャーなどと言われましたが
何の事かわかりませんでした。そして髄液検査をし、結果待ちとなりました。
先生の話では薬も使えるが、呼吸などに影響出ていないので、薬を使っても
それほど回復時間に差はないので使わないとの説明でした。その頃に
スマホでこのサイトなどを見つけ、自分の病気を知ることとなりました。入院から
2週間でGq1bとGt1aが判明し、フィッシャー確定。リハビリ病棟に移りました。その時点では
手元以外は複視、片足立ちは数秒、支えてもらい数メートル歩くのがやっとの状態。
背中はカチコチでした。
病棟内の移動は車椅子でした。それから1か月半1日3時間のリハビリ。歩く練習と
腹筋背筋を一生分やりました。若く優しく情熱のあるリハビリの先生が
多く、スポーツや筋トレ、食べ物や地元の話などしながら快適に過ごす事ができました。
治療はおなじみのメチコバールを飲んでいました。入院から2か月後の7月中旬に退院。
その時点では、平らな所では問題なく歩行可。坂道は背中に力が入る。
階段は手すりにつかまって。複視は
それほど変わらず手元以外は2つに見えていました。背中はカチカチでした。
先生は若いし筋力もあるしそのうち治るから心配はいらないといってくれました。
退院後2週間8月頭から職場復帰、デスクワークなので比較的早く復帰できました。
この時点では何とか電車バスにのり職場まで歩けました。階段は手すりに
つかまりながらでした。ディスプレイは2重に見えたので、片目つぶりつつ
仕事しました。タイピングは少し遅くなったような気がするが問題
ありませんでした。1か月後の9月にはデスク回りは問題なく見えるようになりました。
まだ少しガードレールが映り込みますが、車やバイクの運転もできるようになりました。
現在は日常生活はほぼ問題なし。階段を勢いよく降りたり、ダッシュしたり、ジャンプしたり
は難しい。
複視はだいぶ良くなったが、まだ数メートル離れると距離によっては2重に見える。
背中は背骨回りを中心に凝り固まっている状態。手足は若干しびれ有。
皆様の書き込みを見ていると複視に苦しんでいる方が多いようですが、
私の場合は鈍感なのか複視はそれほど苦になりませんでしたが、
どちらかというと体幹失調がなかなかスッキリしません。今でも背中がこわばると
多少フラつくような感じが残っており、完全に元に戻るには時間がかかるかも
と思っております。10月からはランニングも再開し
5K、7K、10Kと伸ばしましたが、背中が固まる状態です。11月中旬にはハーフマラソンに
出場予定ですが、以前のように勢いよく走れないので、足切のおじさんに追いかけながらの
走りになりそうですが、ゆっくり完走を目指したいと思います。
 

はじめまして

 投稿者:ミキティ  投稿日:2015年10月 7日(水)11時51分20秒
  はじめまして(^^)24歳の医療事務員です
7月の末にフィッシャー症候群になり現在は退院し自宅療養中です。自分の病気を調べられるようになっときにこちらのサイトに出会いました。皆さんの投稿を読んでいると、自分と重なっていること新しく知ることがたくさんあり、私も誰かの為になればと思い投稿させて頂きました。

現在は発症から2ヵ月ほど経ちました。
私は、前日までなにも症状はなく、次の日の朝、時々見るものがふわふわする感じがありましたが常にではなかったので特に気にせず車で出勤しました。
午後になると朝のふわふわが酷くなり目の焦点が合わず、人や物が二重に見え歩くのもやっとでした。急だったので何が何だかわからず、家族に迎えにきてもらい総合病院へ緊急で受診しました。CTや血液検査をしましたが特にこれといって異常はなかったので「明日眼科へ行ってください」と言われ帰りました。

次の日朝起きると、前日とは比べものにならないほど症状がひどく、自分1人で立つこともできず目の焦点が全く合わず何もかもが二重にみえ、吐き気、息苦しさがあり救急車で前日と同じ病院へ運ばれました。そこでまた眼科受診を勧められました。「目の症状だけでこんなに症状出るの?!本当に目なの?!」と思いましたが先生が眼科と行ったので待っていましたが、手足の先に激しいしびれがでてきました。
結局、脳神経内科で診てもらったほうが良いということになり、脳神経内科で診てもらいました。診察では、手足の関節を色々たたかれ反応をみられ、立とうとすとバランスがとれず立つことさえもできず、その時はなんで?どうして?という気持ちですごくショックでした。
診察後すぐにギランバレー症候群のフィッシャー症候群だと思いますと言われ入院しました。入院してすぐに髄液の検査をしました。その後、免疫グロブリンの点滴を5日間しました。
昨日よりも今日と症状がひどくなるばかりで、左瞼が落ちてきて重く目は全くあけれない状態になりました。食事もとれず、トイレにも行けず、寝返りをするのがやっとでした。
5日間の点滴が終わった後は、とにかく頭痛と吐き気が酷く、常に頓服薬を飲んでいないと夜も寝られないほど辛かったです。
入院して1週間ほどが過ぎた頃にずっと辛く平行だった症状が少しずつですが楽になってきているのがわかりました。自力で起き上がるのはまだえらかったですが食事も1口2口ずつ食べさせてもらいました。MRIや神経に電気を流す検査もしました。
入院から2週間がたち、リハビリに行くようになりました。だいぶ症状は落ちつき、
食事もとれるようになり、点滴もはずれ、1人でシャワーも浴びれるようになりました。しかし、左瞼は落ちたままで目が開かず片目しか見えません。しかもその片目も眼球が全く動かず少し左右を見るだけでも顔を動かさなければ見れない状態でしたが、とりあえず最低限の日常生活ができるようになったので3週間もたたないぐらいに退院ということになりました。

自宅療養になりましたが、体力がないせいか動くとふらつき寝たきりでしたが、それも少しずつ動くように頑張りました。
フィッシャー症候群と診断され約2ヵ月がたちました。今は月1で脳神経内科と眼科に通っています。薬も毎食後に2種類服用しています。
完全にではないのですが体力も戻ってきて今では少しずつ外出もできるようになりました。1番辛い目の症状も左瞼が開くようになってき右目も眼球が動くようになりました。両目でみるとまだ焦点が合わず二重にみえてしまうので片目で生活しています。私的にはあと目と体力が戻れば以前のように戻れるかなと思っていますが、何カ月も焦点が合わない生活をしているので車の運転はできるかなーっと心配になります。

この病気になるまでフィッシャー症候群という病気など全く聞いたこともありませんでした。きっとこのサイトをみている方のほとんどがそうだと思います。そう思うからこそ怖い病気なのかな?治るのかな?と私も不安で嫌な方向に考えてしまっていました。でも診断されすぐに先生から治る病気だから大丈夫と言われた時は私も家族もほっとしました、その時に先生からもう一つ「宝くじに当たるような確率でなる病気ですよー」と言われたときはビックリしました。調べてみると約200万人に1人がなる病気らしいです。そんな病気がなぜ自分に?とすごく思いましたが、この病気になったのには何か意味があるのかな? と…ちょうど病気になった時期と結婚の時期が重なってしまい何度もなんで今なの?!と思いましたが、旦那さんの優しさや心配、私を思う気持ちを病気のおかけで再確認できたので本当に結婚してよかったと今思えるのも病気のおかげかな?と来年の式のためにもはやく元気にならなくちゃと前向きに今は思っています!それも辛い入院生活の日々と今現に目にみえて回復しているからです。

長くなりましたが同じ病気になった方、家族や身近な人がフィッシャー症候群になった方、辛い時期ももちろんありますし人それぞれ回復の早さは違いますが良くなります!私の体験談が少しでも病気のことで安心でき、誰かのお役にたてれば嬉しいです。
読んでいただきありがとうございました^^


 

長くなっています

 投稿者:KB  投稿日:2015年 9月 3日(木)00時54分19秒
  私は5年近く前に30代、子供が幼稚園に入って直ぐにフィッシャー症候群&ギランバレー症候群にかかりました。
前日まで普通に生活しており、風邪症状も花粉症程度、春の事でした。
朝起きたらら既に全身に力が入らず、捉まらないと歩けませんでした。
異常な感覚で普通じゃないと感じ救急で病院に行きましたがこれから呼吸に異常が出るかもしれない、と帰されました。
次の日は更に悪くなってきました。チカチカ眩しくて目が開けられませんでした。
もちろん一人では歩けません。
前日の病院に再度かかった所、ギランバレー症候群の疑いで大きな病院に救急搬送される事になりました。
だんだん物が二つに見える様になりました。
急に息が出来なくなり呼吸困難になりました。
だんだん喋る事も不可能になり、片目は瞼が落ちたまま開かなくなりました。
医師にはギランバレー症候群の中のフィッシャーという型だ、と言われました。
免疫グロブリン治療がスタートしましたが全く効き目はなく、2ヶ月寝たきり生活、食事も取れずトイレにも行けなくなっていました。
結局、太ももにカテーテルを入れ血漿交換を4回やりました。
少しずつ回復の兆しが見えてきました。
寝たきりのまま、リハビリテーション病院に転院しました。
政治家が矛盾に決めた期限があったからです。
過酷なリハビリはスタートしましたが、リハビリ病院は親切でした。
最大、これも期限が切れるので180日入院しましだ。
ふらふらながら歩いて帰宅しましたが半年は車椅子を借りて最低限の生活でした。
元々視力が2.0あった事から正面の視力はかなり回復しました。
周りは未だ二重に見えたり視点が合いません。
5年近く経っていますが、未だ全身の痺れと痛みと歩行障害もあり、字も書けずにリハビリに通いながら育児をする日々です。
最大の原因はストレスだった、と思う節が幾つかあります。
辛くても生かされた今を大切に子供と共に生きて行きたいです。
現在は40代の主婦になりました。
 

かなりごぶさたしました

 投稿者:まつ  投稿日:2015年 8月11日(火)19時15分47秒
  お久しぶりです。
以前から何回か投稿させてもらっているまつです。

40代の3児の母です。
発症から2年半がたちました。
当時の経過は以前の投稿に載せていますが、現在は後遺症あるものの元気?に生活しています。

2年半もたてば完全にスッキリしているかなと思っていたのですが、予想よりは全く完治していないのが現実です。

私は下半身と顔面麻痺と重度の複視が症状としてでたのですが、いまだに手足のしびれとこわばり等が常にあります。特に疲れるとひどいです。
複視に関しては当時のピークの時のように二重に見えるというよりは視野が狭くなった感じです。

体調のこと全てがフィッシャーのせいではないとは思いますが、元気にしていてもやっぱり思うようにならない身体に不安はあります。

暑い日続きますが乗り切って頑張りましょう!(^-^)/
 

(無題)

 投稿者:かなりん  投稿日:2015年 8月11日(火)18時33分39秒
  以前投稿したかなりんです  1月終わりにフィッシャー症候群になって7月に治りましたがまだ完全に治ってないような気がします
暑い日に急に動いたりするとめまいが凄くします
でも私は筋力が衰えてる事が凄く怖く感じていたので6月の初め頃から自転車に乗って鍛える事にしました
治りかけのまだ呼吸が辛い時にも無理してバレーボールの試合にも出ました

そのおかげで今では以前の筋力に戻りバレーの試合にも出ています 私的には徐々に体を鍛えたほうが筋力は戻ると思います まだめまいはしますが悩んでる方の助けになれればと思い投稿しました

http://て

 

フィッシャー症候群でした

 投稿者:ラックリン  投稿日:2015年 7月 3日(金)22時21分8秒
  3歳、1歳の子育て中の母です。今年に入ってからインフルエンザ→気管支炎を2,3回した後4月末に肺炎になりました。そして、肺炎が治りかけたころ、ある日急に、ろれつが回らなくなりました。かかりつけの病院へ行くとすぐに神経内科へ行くようにと紹介状を出されました。診察ではMRIとCTをとるも異常なし。もしかしたら薬の副作用かもしれないということでしたが、それだけなのに医師にはなぜか入院を勧められました。(おそらくこの時点でギランバレーを予測していたのだろう・・・)でも、子供もいるので帰宅しました。
そして、次の日の朝、力が入らず動けなくなり、即入院。その総合病院の神経内科の先生は後から聞いた話だと、神経内科の中でも有名な先生で、すぐにギランバレーの疑いがあると診断してくれました。おかげで入院した当日から免疫グロブリン大量療法の点滴してもらうことが出来ました。
ただ目や顔面麻痺だけでなく、呼吸筋や末しょう神経の麻痺もあり、入院2日目で人工呼吸器をつけることとなりました。その時点で目は一点しか見れなかったのですが、それよりも呼吸が出来ない苦しさの方が大きくて、目の異常に気付いたのは入院してからだいぶ後となりました。発症から1か月で四肢の動きは日常生活をするには支障がないぐらいになりましたが、複視は回復せず、そのまま退院となりました。久しぶりに外に出た時の景色が病院にいるときと全然違って気持ち悪くなったり、目を使うと頭痛に襲われる日が続きました。現在発症から丸2か月で目の回復はまだありません。でも自転車の許可がおりて乗っていますし、私自身も複視の景色や、片目をつぶることに慣れてきました。
みなさんやほかの文献を見ると発症から3か月~半年はかかるというので、少しずつでしょうが焦らず付き合っていきたいと思います。
周りに目の症状を伝えてもなかなか理解してもらえない中、同じ体験をした人や今も闘っている方がいると思うと励まされます。一緒に頑張りましょうね。


?
 

HANAKOさんへ

 投稿者:ろく  投稿日:2015年 6月27日(土)10時18分12秒
  丁寧な説明ありがとうございます。
月1回の検査通院も終了し、もう病院には行かなくて良くなりました。
現在の状態は、複視は殆ど無くなりました。目を極端に左に動かすとまだ残っていますが、そういうシーンがあまりないので気になりません。残念ながら腱反射は戻っていません。今でも体の力が抜けた感じはあります。でも完治とまではいかなくても発症5ケ月でほぼ日常生活には何の支障もない程度には回復しました。スポーツもやっています。車の運転は3ケ月目でチャレンジした所、センターラインが二重に見えて震えました。でも4ケ月目からできました。仕事も特に支障なくやっています。
この難病にかかり、目が開かず体も動かせない時は、まさか今のように回復するとは思いもよりませんでした。また元気に復帰できる事を想像もできなかった。まさに今闘病されてる方の殆どがそうであると思います。でも必ず良くなっていくので自暴自棄にはならないでほしいです。
私が不幸中の幸いだったのは、発症2日後にはこの病気に対する処置を行ってもらえた事です。
最初眼科に行った時には、すぐに先生がこれは眼じゃなく脳の病気かもしれないとおっしゃって、すぐに総合病院の紹介状を書いて、病院にも連絡をしてくれて、その日の午前の受付には滑り込みで間に合いました。でもその日の検査では原因がわからず、結局翌日の検査中に体がふらつき歩けなくなった時に先生よりフィッシャー症候群の可能性があると宣告され、その日の夕方には集中治療室に入り、免疫グロブリンの点滴を開始しました。
5ケ月は長かったですが、まさに今闘病中の方々が一刻も早く回復される事を願っています。
 

フィッシャー経験者です

 投稿者:あに  投稿日:2015年 6月 3日(水)13時14分6秒
  皆様のお役に立てれば…と思い投稿致します。

発病は3年半前です。
wikiによると80~90%の発病者が風邪や胃腸炎などの先行感染がある、とありますが、
私はそうしたものに自覚としては当てはまりませんでした。
昔からストレスに弱く、その当時も凄いストレス状態だったことは確かです。

経緯としては…
一番最初の違和感は左手の人差し指。なにか痺れるような感じがするなぁと思っていたら、
次に自転車に乗ろうとしたり椅子に腰かけようとした時、腰が抜けるような、力が入らない、腰砕けのような感覚が出ました。
家に帰りPCで症状を検索し、翌朝に行く病院を探したりし、嫁に調子がおかしいこと、翌朝病院へ行くつもりであることを伝え、早めに寝ました。

翌朝目が覚めると、すでに体に力が入らず、また目も見え辛い状態でびっくりしました。
何かに摑まらないと立ち上がることも出来ませんでした。
電車で行く予定だった、昨夜見つけておいた病院へは、結局タクシーで行きました。

立川にある国立病院ですが、タクシーを降り、入口に入るのもやっとの思い。
その状態を見つけてくれたフロアスタッフが車椅子を持って来てくれて、なんとか助かりました。
スタッフに促され、保険証を財布から出そうにも、すでに視界はほの暗く、動作もゆっくりにしか動けません。意識状態もぼーっとして、時間をすごくかけて説明しました。
大病院なので紹介状もない私は、まず総合にかかり、そこから神経内科へ行きました。
あとで分かったことですが、ギランバレーなども扱いの多い病院だったので、
すぐにギランバレーと診断され、検査と治療準備が進められました。

免疫グロブリン大量療法の準備ができた頃には、親や妻も病院に駆けつけておりました。
病院到着から5時間ほどでしょうか。
指先の違和感から3日目です。急激な悪化でした。

免疫グロブリン大量療法は、症状の進行を止めるための方法なので、
そこからは自分で破壊した自分の神経を育てるという入院生活になりました。
入院から2週間くらいは、自分の体を上手く動かせない、というより動くけど力加減が分からない。
物を取ろうとちょっと手を伸ばしたつもりが、感覚よりも随分大きく動いてしまったり、寝返りを打とうとすると、ベッドの枠に腕や足を思いっきり打ちつけたり。
ということで、3週間くらいはベッドに体を帯で固定され、ベッドの枠は布団で覆われていました。
目も見えない時期には、頭の神経もおかしくなっていて、大部屋の賑やかさがジャングルに迷い込んだ感覚に捉えられ、すごく不安でした。自分がどこでどうなっているのかも良く分からず、
端的に表現すると、お酒を飲んでいない泥酔者という感じです。

それでも最初に御飯が食べられるようになり、目も暗さが和らぎ視野も広がってきたころには、片目づつなら歩けるようにもなって行きました。
斜視による二重に見える現象は治らないかも知れない、と言われ不安でしたが、
1か月ほどで不便のないくらいになりました。
ある日看護師に言われ、体重を測ったらなんと13キロも痩せてました。
ちょうどその頃、担当医師からフィッシャー症候群だったと病名を訂正されました。
自分の症状と、どこが強く残るかなどで、そのへんは微妙らしかったです。


その後は少しづつ歩いたり喋ったりのリハビリを行い、1ヶ月半でリハビリ専門の病院へ移りました。
合計で2か月入院し、退院後はまた2か月ほど自宅療養し、普段の生活には困らないほど回復しました。
それでもその3ヶ月後くらいでしょうか、ふとした動きの時に「あ、完全に動きが戻った」と実感することがあったので、
一度ダメージを受けた神経が、病気前に戻るには結構な時間が必要なのだと思います。

ここからは入院中の話。
病院自体は国立で専門の科があったので、治療の迅速さや的確さは感謝するほどでした。
しかし、看護師が併設の看護学校出身の若い看護師が多く、
おそらくはフィッシャーなんて病気に接したことがない看護師がほとんどのようでした。
それは、この病気の発症率からして仕方がないのですが、経験がない看護師はこちらの状況や状態を上手く察知してくれず、困りました。

トイレに車椅子で連れてって貰うのですが、立ったり座ったりが出来ないため、
用が終わるとナースコールで呼んで、車いすに移して貰うのです。
ずーっとベッドに固定されていて筋力にも不安があり、まして自分がどの程度自分の力で動けるか分からない状態です。
まず手すりに捕まって立ち上がり、看護師にパンツとズボンを上げて貰います。
そこから数歩歩いて車椅子に座るので、その数歩を抱きか掛けるようにして移動させてくれます。
ある日、便座から立ち上がったらフラッとしたので看護師に咄嗟に抱きつきました。
すると看護師は悲鳴をあげ、すごい剣幕で怒られました。その看護婦は翌日から私の担当を外れ、違う方になりました。
悲鳴を上げたいのはこちらの方です。
心拍数を測るセンサーを指に付けられていましたが、それも初期の意識混沌の時期には、自分でも知らないうちにしょっちゅう外してしまいました。
その時にもすごい剣幕で怒られました。

特殊な病気ゆえ、仕方がないのかも知れませんし、病気のせいにするのも良くないとは思います。
でも看護師という職業なのだから、もっと担当患者の病気を勉強して欲しいです。
もしこれを医療関係者の方が読んで下さっているのなら、ぜひ参考にして頂きたいと切に願い記しました。

入院中は内臓の神経も弱まっていたのか、数回便秘になり摘便も数回お願いしましたが、
それを気持ちよくやってくれる看護師さんもいらっしゃいました。感謝します。
とても仕事熱心で患者さんに親身な方も大勢いらっしゃいました。名誉のために。


よく分らないことが未だにある病気のようですし、症状の出方や期間などもバラつきがあるようです。
私の場合、入院前日にネットで行くべき病院を見つけ、それがビンゴだったことが幸いでした。
たぶん他の方の経験を見ても、ギランバレーやフィッシャーに慣れていない病院だと、診断が難しいのだと思います。
筋無力症や脳幹脳炎、目の病気、気のせい…医者も患者もいろいろ疑える「ありがちな病気」に症状が重複します。
皆様にアドバイスができるとすれば、珍しい病気にも経験がある大きな病院でしっかり診てもらう、ということでしょう。
それと、発症したあと周りの人は自分の状態を理解していないと思って、どんな事でも伝えることが大切だと思います。

参考になったかどうかは分りません。でも何かの助けになればと思い記しました。
乱筆乱文失礼致しました。
 

斜視かと思ったらフィッシャー症候群

 投稿者:かなりん  投稿日:2015年 5月30日(土)21時53分27秒
  1月下旬3日位熱が出ていました 朝起きると激しい下痢吐き気がした 私はよく胃腸炎になるので又かと思った 夕方右目が突然ボヤけて見えたので友達の眼鏡屋さんの定員に相談したけど原因わからず 次の日朝起きてメイクしてると右目の瞳孔が広がっていて怖くなり眼科に行きました 先生は脳梗塞の可能性があるから大きい病院にすぐ行くよう言って紹介状をもらいました その日のうちに違う病院でMRIを取りましたが異常なし その時点で原因分からず 次の日朝起きると右目の目玉が斜視になって上に寄っていて物が二重に見えていた 勝手に斜視になったんだと自己判断してました この病気になる前から体は弱っていて力が入らない動悸も激しく胸が痛かったりストレスを感じると気絶しそうになっていて変だなと思っていた 目の異常が出て心臓の鼓動がバクバクしていて今まで低血圧で上が120台までしか上がった事 がなかったのに測ったら170まて上がっていた さすがに怖くなった しかも呼吸しずらい もう一度違う小さい病院の内科に行って心電図をとってもらうと脈が異常に早くなっていた もう一度前に行った眼科に行き目の検査すると先生は凄く困っていて原因分からないと言われた 斜視が半年経って治らなかったら長野県に斜視治す病院ないので東京で手術するしかないと言われて落ち込んだ 又大きい病院の神経内科の紹介状をもらい行った その間2ヶ月位経っていて全く良くならない 初期の頃は右半分麻痺してる感じがしたし無理すると目玉が上に行ってる感じがして怖くなった 2ヶ月経ってもめまい吐き気気絶しそうになるような体調不良がある 病院でフィッシャー症候群の遺伝子検査をして多分そうだろうと言われた 先生もフィッシャー症候群の患者は初めてらしく体調不良の事を言ってもあまり分かってくれない 薬が欲しかったけどないと言われた 4ヶ月経って近くが見えてきてそのうちたまに一つに見えてきてそのあと二週間後に完全に一つに見えてほっとしています 力が入りずらい症状や動悸は今でも残ってます

http://て

 

ろくさんへ

 投稿者:Hanako  投稿日:2015年 5月13日(水)08時06分55秒
  お返事遅れてすみません。
私の回復の進行ととても良く似ています。ろくさんはお仕事に復帰されているから、大変だと思います。私も2ケ月後退院してからも複視は無くなったといっても、人ごみの中で急に横から人がでてくると目の反応が遅く、ふらついてしまいました。歩行には、まったく問題はありませんでしたが、人ごみの外出は主人についてもらったし、杖を使用しました。外見はもう普通に見えるから、杖を持つことで、周りの方に気をつけてもらうためです。ろくさんはそんな訳にはいかないでしょうから。目の状態はとても似てます。複視が無くなっても、階段の踊り場で回転するとき、両目が上手く動かないからふらついたのです。
それは、フラダンスでターンをすると体がふらついて転びそうになったから、まだまだ左目が上手く動かないのだなって感じましたが、7ケ月でそれも無くなりました。結局は左目・右目がバランス良く動かないって訳。人はそんな自分を理解してはくれませんからもう完治したと接してきます。私は67歳なので転んで骨折が一番心配なのです。
自分でやった目の運動は、左目で左上が一番動かせなかったから、リハビリでの風船運動です。
別に風船を使わなくてもいいんだけど、何か物が動いたほうが違和感なく目が動かせたからです。
手で風船を上にポンをたたいて ゆっくり落ちてくるのを左目で追うのです。
お手玉でもやりましたが、落ちるのが速すぎて、目の玉をゆっくり動かせなかったの。
起きる前も、必ず目を閉じて、頭の中で左・上・右・下と言いながら動かしましたよ。
ただ動かすだけだと、しっかり動いていないしゆっくり動かせません。
仕事で疲れたときも、クルクルとするんじゃなくて、目を閉じてゆっくりやってみてください。
それから目だけでなく、顔の全体の筋肉の運動もいいかも(リハビリで言語療法もさせられた)
私のホームページに、病院で使用していた教材の写真をアップしました。
参考に見てください。お互い頑張りましょうね。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~hanako3/rihabiri.html

 

Hanakoさんへ

 投稿者:ろく  投稿日:2015年 4月25日(土)12時17分52秒
  丁寧なアドバイスありがとうございます。
読ませて頂いて勇気を貰えました。発症当時は私よりも大変な症状だったとお察しします。
回復を焦り自分の事ばかり考えていた自分が恥ずかしくなりました。
私も今は両目が開くようになり正面1m位なら複視が無しで見れるようになっています。
目瞼下垂が無くなってから筋肉痛も嘘のように無くなりました。
眼帯無しで会社にも行っています。まだ複視はかなり残っているので、運動と車の運転はできません。見た目は普通なので回りの人たちも病気の事を言わなくなりました。
発症60日目位から急激に良くなってきました。ただこの数週間は症状が停滞しています。一進一退している感じです。行動範囲はかなり広がりましたが、複視が回復してるというよりも、複視に対する恐怖感になれてきた感じです。歩く時の景色の揺れは軽減されましたが、相変わらず駅の階段ではつまずくし、遠近感が不安定なのでプラットホームと電車の隙間には気をつけています。改めて思うことは、この病気の回復度は個人の感じ方なので、人によって、できる、できないの差がでてくると思っています。でも治る事を信じて、自分にできる事はできるだけ人に頼らずにしていこうと考えています。最近寝起きや、仕事終わりになると複視がひどくなります。少し目玉をクルクル動かすと、その時だけ気持ち複視が軽減されてるような気がします。
目の体操等で、ほんの少しでも効果が感じられたものがあれば教えて頂ければ幸いです。
病室で動けなかった頃と比較し、今の回復状況に感謝して頑張ります。
 

ろくさんへ

 投稿者:Hanako  投稿日:2015年 4月10日(金)21時25分39秒
  私とまったく同じ症状ですね。でも心配しないで良くなりますよ。私は3週間神経内科入院でろくさんと同じ免疫グロブリンの点滴を5日間治療しました。のどの麻痺もあり入院と同時にのどのリハビリから始まりました。コップに水を入れストローでぶくぶくと吹く。普通なら簡単なこの動作が麻痺のためできないのです。当然食事もうまく採れませんでした。でも顔・手・足のリハビリを頑張って退院時は、歩行器で歩き、麻痺した左手は胸のあたりまで上がるようになりました。
たぶんここからがろくさんと違う点です。私は転院してすぐリハビリ病院に40日入院したのです。
この時は、右目は少し開くようになりましたが、左目は開くこともできず、右目と左目は左右・上下に動きませんでした。
両目を無理に開けると複視がひどく気分が悪くなるから、わずかに開く右目の片目でリハビリをしていました、
同じ病気になった友人のアドバイスで、瞼の筋肉がうまく動かないためみたいに気がつきました。もちろん両目を開けて目の玉を動かすのは無理なので、ベットで両目を閉じて目の玉をくるくる動かすことを少しずつしました。
少しずつ左目が開くようになってきました。片目で生活をすると疲れるので、わずかに開く左目に眼帯をしたり、めがねの片方のレンズにガーゼをつけたり、両目を開いているけど、複視しないようにしていました。左目が開くようになってから、今度は右を隠したり、両目を交代に使うようにしました。
そうしたら、発症から50日め、急に両目の複視がなくなったのです。突然です。
でも複視はなくなりましたが、左目の動きは悪く横を向くと、複視にはなりましたが、正面は1つに見えたのです。そして60日で自宅に戻りました。リハビリ病院のとき、姿勢を良くすることをかなりアドバイスを受けました。腹式呼吸・バランスポールを背中に当てて、毎日体をリラックスさせました。http://stretchpole.com/howtouse/ のサイトも参考に覗いてみてください。
商品の中にDVDも入っているから、簡単にできると思います。私はリハビリ病院で先生から指導していただきましたが、同じでした。それから私は 某有名マット(浅田真央ちゃん使用)で入院中にも病院に持ち込んで寝ていました。腰痛のある主人も楽だと言っています。
5月に発症して、自転車に乗れたのは9月から(目を左右に動かすのがまだ完全でなかったから)
車の運転は用心して10月から、テニスも目を動かすからとフラダンスと一緒に9月から再開しました。12月の末に、左目もうまく動くようになりました。
ゴルフも再開しました。でも、ちょっと疲れやすい点はありますが、セーブして運動をしているからと思います。
ろくさんの症状と治療がまったく一緒なので書き込みさせていただきました。
安心して、ストレスを感じないようにすれば、どんどん良くなっていきますよ。
先生から1年はね。と言われたけど、頑張ったせいか回復が早くびっくりされました。
気にしすぎると肩こりは病気でなくても凝るもの。 気になれば力を抜いて体をぶらぶら
させるだけでも違うかな? 私も再発しないよう頑張ります。
 

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